小岡共同墓地管理委員会による保存経緯
当地近隣の共同墓地の多くは、埋葬(土葬)時代では、遺体を埋葬し、自然石である小石を積み上げ、中央に少し大きな拝み石を設置するなどして墓としていました。そして、埋葬から火葬に遷移する過程で、埋葬墓を整理し新たな石墓用地として供給したため、現代に至ってはその跡形はほぼ見られなくなっています。
ところが、当、小岡共同墓地と、高瀬町の一部で埋葬墓と石墓の共存が見られます。この理由が、「両墓制(りょうぼせい)」の存在です。小岡共同墓地は、火葬に移りつつある時代に「両墓制」を文化としてとらえ、後年に亘って、これを保存する方向で管理されました。
保存管理を具体化したのは、昭和62年4月1日施行の「小岡墓地管理運営規定」です。この規定は、元県会議員で当時自治会長を務めた2組のY.Yさんが策定し、同氏のリードのもとで施行されました。規定の組織は、自治会長が管理運営委員長を兼任するとされ、その後長年に亘り管理運営が維持されました。
そして、更に後年、自治会の民主化、世代交代などを背景に一部に規定の形骸化がみられたことから、改めて平成27年4月1日付にて改定「小岡墓地管理規定」を施行するに至っています。
要するに、小岡共同墓地は、昭和62年以来「両墓制」を文化保存する方向を明確化して管理運営されているという事です。